2018年4月7日土曜日

瀬戸内の小島(2)鵜島

Small Island in the Setouchi Sea, Ushima
 
高知の後、しまなみ海道・伯方島と大島の間の小島、鵜島(愛媛)へ。
かっては300人いたが、今は人口20人、周囲4㎞の島

 
着いた日は3月の大潮、
干潮ごろ浜へ、ワカメを柄の長い鎌で採る

 
太いワラビを見つけた
島中案内板があるので、私でも迷わない、多分・・

 
今治から伯方島や大島に寄って来る船には車が2~3台乗り、
広めの道路がある!
昔から漁民はおらず、稲作、葉タバコやスイカがあったが、今は柑橘が多い。
始め島を見ると結構家があるように見えるが、ほとんどが空き家。
潮風があるので朽ちるのも早く、その片付けも改修も容易ではない。
 
1970年頃の高度成長期から多分数十以上の有人島が無人島になった。
島は特別でない、日本の縮図。

 
島人はいっぱい採って、ワカメ干し。
天気がいいと1日で乾く

 
こちらは岩ガキ、島人がコツを教えてくれる。
カキ打ち棒と貝柱を切るナイフは、必需品
奥はヒジキ!(収穫期は1~2月)
 
3月最後の夜は、岩ガキのカピラに焼きガキ
採りたてワカメやフノリ、青のりやヒジキを入れたすまし汁
ヨモギ団子やカキドオシ炒め、ワラビのたたきにノビルの根に味噌つけて
 
 

 
鵜島港前の鵜島カフェ
車道があるので、電気バイク(?)が大活躍。
肥料や重たい生ワカメもこれで運ぶ
平均年齢75才
 
 
週末には、おかずや500円定食あり、二人の島の女性で営業中
おかずあれこれ買って、桜満開の下へ
 
 
対岸の大島から見た鵜島、
手前の桜咲く島が能島、ここらを支配していた水上水軍(海賊)の本拠地
周辺は潮流が激しいので、潮流体験船が行きかう
 
(ほとんど)車もPCもないしあわせな時間よ
 

瀬戸内の小島(1)志々島

Small Island in the Setouchi Sea, Shishijima
周囲3.4㎞の志々島(香川)へ
車がない島の主要道路にあちこちに島の歴史、見所などの看板あり
 
1970年頃の高度成長期に1000人いた島は、
1975年に小中学校とも廃校になり、今は人口16人。
 
水田はないが、畑と豊かな漁場があり、
かっては「黄金の島」と呼ばれ、
近年は寒菊やきんせんか、除虫菊が作られ「花の島」と呼ばれた。

 
宮ノ下港から20分ほど登ると、樹齢1200年、22mの大楠
島内外のたくさんのひとたちによって支えられている
この先には横尾の辻(標高109m)あり、瀬戸内海の島々が見渡せる
 
 
以前はニホンミツバチも飼育していたが、スズメバチにやられたそうだ
今は山羊が4匹

 
ここらの島々に多い両墓制の埋め墓(お骨を埋めている)
中にはお茶碗や湯飲みが・・

 
空き家を改修してゲストハウス「きんせんか」に。
予約は、志々島振興合同会社FBへ。
一泊2000円で自炊、きれいなお風呂やトイレ、台所も別棟にあり。
 
島には重機も車入らないので、手掘りで浄化槽を掘ったそうだ。
洗濯機も冷蔵庫も担いであげる!

 
浜には、青のりや打ち上げられたワカメ

 
宮ノ下港の「くすくす」(休憩所)の山地さん
1日3便の船に乗る前、降りたとき、島人も旅人もみな立ち寄る
島々の本もたくさん置いているよ。
牛島(人口10人?、周囲4.2㎞)からの玄米や干しキノコもあり。
この後、みなで満杯に。

 
この船に乗って、毎日70才の看護師さんが診療所に来る。
医師は月1回くらい、不燃物収集は年1回!
郵便屋さんは毎日、在宅介護のヘルパーも時々来るよ。
 丸亀に近い宮ノ下港へ向かう船(左)

 
船に乗る前に店に寄ることができなかったけど、毎日ごちそう
北野さんの畑でもらったブロッコリーと高菜の塩漬け、
野生化したナスタチウムを添えて。
青さやワカメの汁、ニナの塩ゆで、
 
明日は、タンポポ炒めと浜大根の菜の花ゆでて、
干しかけの月桃の茎をなってみよう。
 
 
収集した民具もある「老人いこいの家」にて
高知・大豊町で作られた後発酵茶(プーアール茶に近い)・碁石茶は、
ここらの島々まで運ばれ、茶粥にして毎日食べていたという
 
これは島唯一の上田商店(2年前に閉店)にあった碁石茶
 
なぜ? 塩味がする井戸水で炊いたご飯にあう、
米は貴重なので茶粥にして増やしたらしい

 
島にはいくつも神社がある。長い石段を上ると鏡が・・
 
また来る。
 

丹波・ホタル農場へ

Firefly Farm in Hyogo
お米の勉強会(西宮)のホタル農場(丹波)へ
 
今日はコンニャク作り 
1時間コンニャク玉を蒸し、つぶして混ぜる

 
よくよく混ぜたら、ソバ殻の上澄み液を入れてまた混ぜる
 
 
丸めてよくゆでると出来上がり、
手作り醤油や柚子胡椒もおいしい
各地のコンニャクの成分や灰の上澄み液によって、味や仕上がりが違うそうだ
(農場では、100ℓの樽で数樽醤油も作っている!)
 
 
北インド、バンダナシバの農場から来たシコクビエ
雑穀用に開発された精米機で脱穀する
(雑穀専用の網かごあり)
 
西アフリカ・マリのバグブー村にいたときは、
365日3食、これをソバガキ風にして円座になり、
バオバブやオクラのソースをつけて食べていた。
毎朝これを臼でつくのは、女たちの日課だった。
 
北インドの山中では、チャパティに混ぜていたなあ。

 
ふるいにかける

 
手回しの石臼で粉に挽き、炒っていただきま~す

 
この農場で栽培している在来種の豆たち

 
最後に、ナタネ科のものを交雑させないようにする方法
とうだちする前にいいもの(数本以上)を抜き、移植。
ネットをかけ交雑を防止
回りにおとりのものも植えておく!

奈良・大宇陀・薬草の里へ

for Oouda in Nara
久しぶりに奈良・大宇陀へ
古くから吉野葛を作り、薬草の里でもあった。
森の旧薬園はまだ緑まばら、
これは大正(?)ごろの薬草冊子、薬の館にて
 
 
そこの見事な5つのかまど
私の暮らす岩倉にも、こういった形のかまどが時々ある
味噌作りの大豆炊き、お湯、お茶などと別れていた

 
夜は知人のシェアハウスへ
玄関には厳寒時に作った葛根の絞りかすが・・

 
発酵ナイトで夜はふけていく・・
 
(右下から)作った葛のヨモギ豆腐、数十年物の梅干し、栗のハチミツ漬けと酒粕、
塩麹漬けの干し鮭、キプロスのハロウミチーズ(山羊乳の無発酵!)、
紅麹の豆腐よう、固豆腐の梅酢漬け、ノカンゾウあえ、
インドのパパッド(米と豆粉のせんべい風)他

 
近所の人のドブロクがプクプク

翌日は、京都県境にも近い奈良・山添村の大和高原文化の会へ
公民館に民族資料館を開設
(製茶・林業の道具、養蚕道具、凍み豆腐作りの道具、藤箕、養蚕の道具など)
 
また凍み豆腐作り、養蚕から糸まで、ソバを育てソバ打ちまでをやってきた。
今日は、麹を使わず、大豆と塩だけで作る玉味噌仕込み
 
 
ゆでた大豆を囲炉裏につるしたもの
青カビ(空気中の麹菌?)が生え、煙でいぶされた
 
(その昔、信州で自給暮らしを試みていたころ、
開拓農家の大きな梁に、見事な味噌玉がずらっと並んでいたなあ)

 
これを細かく砕いて塩水と混ぜ桶に仕込み、1年間毎日混ぜる!
かなり塩辛く、上澄液はたまり醬油となるそうだ。
どんな味になるかな・・?

冬の草木のいろいろ

Plant color in winter
 
桜と梅の枝をいただいたので、煮て染液を数日おく。
すると、酸化して色が赤味がかる。
(本当は、樹皮のみがいい)

 
赤みがかった桜色に・・

 
奈良・大宇陀の水谷草木染へ
草木染の多色板締め
折り紙絞りで、板をアルミ箔でくるみ、きつく縛る

 
5色の染液(インド茜、栗、セイタカアワダチソウ、スモモ、ビワ)が
鍋で用意されている。60回染液をかける。

 
この折り方では、左端の亀模様になる。
森林インストラクターの水谷さんは、媒染にミョウバンも使わない。
豆乳下地→染め→アイロンのみ。

 
また落ち椿の季節。
拾って、きれいな花びらを選ぶ。
水1ℓ+クエン酸1%の染液に絹布を漬け、2-3日浸し染めすると・・