2012年5月19日土曜日

倉敷と高知の市


5月の体をぬけるような緑の中
「フィールド・オブ・クラフト・倉敷」へ
陶器・彫金・木工・染織・ガラスなどが、全国から風となって・・
(金属のサジ作り、ハンコ作りなどのワークショップもいっぱい)
ものつくりの底力を見る

毎土は、倉敷・露地市庭も開催中


こちらは高知の「日曜市」 
14時過ぎには片付け始めるので、お早めに。
鶏、庭木、銅細工、おばあちゃんの手作りコンニャクや乾物、野菜や花の苗、なんでもあるよ
今日は、3年たくあん、黒紫の種用モチキビと秋ウコン、酵母チャパティなどを買って、
有機のポンカンジュースをごくん

こちらも毎土は、池公園で「オーガニック市」もあるので、ぜひどうぞ!

北ボルネオへ (3)


コタキナバル中央市場のスパイス屋
ぶら下がっているのが、餅麹(水に漬けた穀物をつぶして団子にし、空気中の麹菌を付ける)
その隣になんと紅米 (キノコの菌を付けた紅麹と思われる!)
少数民族は、これでドブロク(Rice Wine)や焼酎を作る

(そういえば、餅麹は北タイの市場でも見かけたなあ)
もちろん買って帰りましたよ

6月、コタキナバルで各民族の作った地酒祭り開催!


これが今回一番おいしかった Kazadandsun の発酵ご飯
油はほとんど使っておらず(普通は油ご飯)、野草や木の葉が多い
(左上) 生魚を、炊いた米に漬けて2週間おいたソン・ソム 味噌味風


以下、サバフェスタ(収穫祭)にて
Bajo の人々、幾何学模様は北タイのモン人と同じ!
(左) ゴン、 (後方) 金属の木琴風


このようにして精霊信仰の動物や植物が編みこまれていく
見えないが、女性の服の文様は、ラオスの綴れ織ととても共通している

最後に・・

深い森と河、青い海のボルネオのイメージは、どこまでも続く油ヤシのプランテーションでもあった
ボルネオは、1970年代には90%近くが熱帯雨林だったが、現在は50%近くまでになっている
旅行者は、そのすき間の森林保護区・林をめがけているようにも見える

寸断された森では、オランウータンやボルネオソウなどは移動できず、生きることができない
大規模プランテーションで働くのは、権利が制限されたインドネシアやフィリピンの出稼ぎが多い
また土地・森をめぐる紛争も絶えず、単一栽培で土壌は劣化していく

60~70年代に東南アジアで森林を伐採しまくった日本は、
植物油の中で生産量世界一のパーム油を、日本人平均4kg使っているのをご存じ?

写真は、クアラルンプールに入る前 (全部油やし!、マレーシア半島もすごい!)



北ボルネオへ (2) 植物


スカウ村 
イチジクの仲間
鳥や小動物が好み、河沿いに育つ


以下、セピロークの熱帯雨林保全センターの小道で 
隣接した森林保護区に10km以上の小道があり、森の生態を学べる

Sterculis megistophylla (アオギリ科)
20cm位で、鳥や小動物が食べる


寄生か共生か・・?
地表が浅い熱帯の土壌に根を張るために、板根も多い


地上24mにかけられたキャノピー・ウオーク(木のつり橋)から

北ボルネオへ (1)


東マレーシア、ボルネオ島北部のサバ州へ。
州都コタキナバルのサバ州博物館敷地にある各地の伝統的家屋
Murut の30mもあるロングハウス
片側に小部屋が並ぶ


ボルネオで一番大きなキナバタンガン河沿いのスカウ村(東部・サンダカンから100km位)へ
調査者のミンチョウと、泥色の河を下る

遠くに、オランウータンが今晩の寝床を作っている音
高い木のてっぺんに残された彼らの寝床 (毎日違う場所に寝床を作っているらしい・・)
河面に浮かぶ小エビを採る竹かごの目印、テングザルの群れ、サイ鳥


サバ州では、昔から山と海の民が工芸品や食べ物の交換するために市(タムー)を開いてきた
これはスカウ村の木曜市、
野菜、テンペと豆腐を買って高床の宿へ


ボルネオ島北部のクダートから船に乗って、バンギー島へ
港近くの漁師の水上家屋、生活排水もトイレもすべてそのまま海へ
左の道の先の宿に滞在、こうして道の両側にどんどん家が建っていく

毎日市場で買ったバナナとマンゴー、野菜サラダにライムと塩をかけて朝食に