レギスタン広場のライトアップ
翌朝、200km離れたヌラタへ
キジキリム砂漠南東の端にあるオアシスの町
集合は、Russian Nurata ゲストハウス
中庭があり、それは美しい宿
こんなに野菜もりもりの美味しいランチは初めて
主催のnurata.tour から、植生や歴史の説明あり
サマルカンドーヌラタ泊ーブハラ間の一泊ツアーはたくさんあるけれど、
ここが地域密着型に思えたので
広大な中央アジア全体のわかりよい地図は、中々見当たらない
この地図がいいな、gizi map
アレクサンドロス大王の要塞(ヨウサイ)跡
AC4世紀、チャシュマ遺跡群
ジュマモスクと聖なる泉
移籍前の大きなホテル前に駐車している巡礼者の自転車(に見える)
今晩のユルト
砂漠の無数のマルマットの住処
素敵な円形の建物
誰かが敷物を、ここでお祈りや瞑想するのだろう
哀愁ある歌の弾き語り、ドゥタールで。
昨夜はプラウ、今朝はカボチャ入りサモサ
なえぜか子山羊が1匹
あの椅子に座れば、wifiが入る!
ソ連になり、遊牧民たちの歴史は。。
1930年ごろからスターリンによって、強制定住か化政策
家畜を没収し、コルホーズ(集団農場)へ
1930年代、特にカザフスタンでは、家畜数が激減し、大飢饉もあり人口の3分の1が餓死した
多くの遊牧民が中国シンジャンや、アフガニスタンやイランへ、命がけの脱出
イスラム教やシャーマニズムは弾圧、アラビア文字の廃止、
キリル文字の強制、知識人層の大粛清
1950年代 フルシチョフ時代 草原はソ連の食料基地のための大規模な小麦畑に
1991年ソ連崩壊と独立
ソ連に消されかけ遊牧民としての、歴史や文化の復活が始まる
ユルタや馬の伝統競技、英雄叙事詩、半牧半農へ
ドウンガラク(Dungalak)の村
60世帯、多くは韓国に出稼ぎに
アイダクル湖(琵琶湖の44倍)
1969年、シルダリア湖のダムが大洪水で決壊し、
キジルクム砂漠の低地にできた湖。
薄い塩分だが魚もおり、渡り鳥の生息地
サルミシュセイ峡谷の古代岩絵(ペトログリフ)へ
数kmの峡谷に10000点以上の絵が刻まれている
石器時代からブロンズ時代、鉄器時代から中世、イスラム期に至るまで
(これは、木の化石?)などと思ったが。。。?
動物以外にも踊る人々など、古代の人々の世界観や宗教観が見える
ロッククライミングでも到達できそうにない岩場に、
どうやって、なにを想い、祈っていたのだろう。。
落書き厳禁
このような道が一本、谷に連なる
ここも伏流水となり。。
ブハラにまもなく到着