2026年9月25日金曜日

ウズベキスタン サマルカンド(1)バザール、オハリク渓谷


宿の向かいの石積みの壁


路地中の散髪屋


レギスタン広場 結婚式


翌日、2年毎の東洋の調べ(シャルク タロナラリ)が、今年はないとわかり、大ショック!
(このためにサマルカンドの宿のみ1週間も、早くから予約しておいたのに。。)
フェルガナ盆地から来た果樹農家の家族と話して、少し気分がおさまった。。

それは、70カ国から民族音楽、歌手や舞踊団を主に現代音楽などが集まる祭典
中央アジア以外にも、東アジアや中近東、ヨーロッパ、アフリカなどから


夕暮れのビビハニモスク


小さなギャラリーにて



レストランの窓際、果物のシロップ漬けが並ぶ


ナン売りはあちこちに


各小部屋が工房になっているハンドクラフトセンター
前回、コーヒーを入れてくれたウクライナ出身のアーティストとは会えず。。
Happy birdのレナ




イスラムカリモフ通りに、小さな菜食とヴィーガンカフェ。
高いが、いつも大賑わい


前回この楽器屋で、歴史他色々話したてくれた人はいなかったなあ


1階手前は、ほとんど土産物バザールと化しているジョブバザール
奥は食品売り場、その場で絞るザクロジュース


すぐ痛む白イチジクの季節、でも大盛り過ぎ。。


作りたてカテージチーズや裂けるチーズなど、乳製品の豊富さよ


種子袋は、ロシアや中国からの輸入が多そう
でもこれらとは別に、麻袋などに入った人参や他の種が、量り売りで販売中


キムチ風サラダ?は種類が豊富
トマトキャベツ、人参やカリフラワー、瓜やナス、澱粉麺もある
油いっぱいに唐辛子少し+スパイスサラダ風

19世紀後半、飢饉や政治状況で多くの朝鮮人が、
ウラジオストック周辺に移住したが、1937年スターリンの政策により、
17万人の朝鮮系住民が、中央アジアへ、貨物列車で強制移住させられた
彼らは 高麗人(コリョサラム)と呼ばれている
でも売り子たちは、朝鮮系顔立ちの人は、ほとんどいない


タカキビのホウキ売り場の奥には、量り売りの噛みタバコ(ナスワル)屋
乾燥したタバコの葉に、石灰と植物灰、油や水を混ぜる


手前;ナンに模様をつけるもの、ネズミ取り器
中;ナンの伸ばし棒


アイダール湖やゼラフジャン湖で獲れたニジマス、パイクパーチやコイを
塩漬けのち燻製にしたもので、小さめのを一匹購入
ビールのつまみや、ナン、胡瓜の和物、おかゆに。


ここにも、たくさんの鳥籠


今宿は、2階を増設中。あっという間にレンガを積んでいく
彼らの水分補給は、緑茶をグングンと。

ある日の朝食は、ビルマからアメリカに移住し、今回はトレッキングばかりしている女性と。
キルギスタン南部オシュ北部の3500mの山は、もう初雪だって! 8月20日ごろ。

ブハラータシケントの列車チケットの予約は、ネットだとカードが3回はじかれたが、
列車駅の機械ですると、簡単に切符を購入できた
それらを助けてくれたのは、同宿のアルメニアの大学でレスリングを教えている男性
ファン山脈6泊のトレッキングから帰ってきたばかり


今日のランチ、白米、ビーツサラダと燻製マス、市場のキムチ風サラダなど
本当に簡単なものしか作らないけど、これで充分
3週間目位からお腹が緩くなり、ずっと続き、帰国半月前からやっと平常に。。


午後は、郊外のオハリク渓谷へ


村人の水汲み場


タジキスタンからの川の支流



村人の交流センターのようなお茶どころ


石灰岩の岩山を登ると。。


右は墓地


反対側から8月の紅い満月が登る


夕方には牛舎へ戻るのね


左下;牧童(シェパード)が羊の群れを待つ



地元のライブのあるレストランへ
ルーマニア人グループが踊るよ、踊る
手招きされ、私も。。


紙で包んだこんなアイスを、時々おやつに。。