宿の向かいの石積みの壁
路地中の散髪屋
レギスタン広場 結婚式
翌日、2年毎の東洋の調べ(シャルク タロナラリ)が、今年はないとわかり、大ショック!
(このためにサマルカンドの宿のみ1週間も、早くから予約しておいたのに。。)
フェルガナ盆地から来た果樹農家の家族と話して、少し気分がおさまった。。
それは、70カ国から民族音楽、歌手や舞踊団を主に現代音楽などが集まる祭典
中央アジア以外にも、東アジアや中近東、ヨーロッパ、アフリカなどから
夕暮れのビビハニモスク
小さなギャラリーにて
レストランの窓際、果物のシロップ漬けが並ぶ
ナン売りはあちこちに
各小部屋が工房になっているハンドクラフトセンター
前回、コーヒーを入れてくれたウクライナ出身のアーティストとは会えず。。
Happy birdのレナ
イスラムカリモフ通りに、小さな菜食とヴィーガンカフェ。
高いが、いつも大賑わい
前回この楽器屋で、歴史他色々話したてくれた人はいなかったなあ
1階手前は、ほとんど土産物バザールと化しているジョブバザール
奥は食品売り場、その場で絞るザクロジュース
すぐ痛む白イチジクの季節、でも大盛り過ぎ。。
作りたてカテージチーズや裂けるチーズなど、乳製品の豊富さよ
種子袋は、ロシアや中国からの輸入が多そう
でもこれらとは別に、麻袋などに入った人参や他の種が、量り売りで販売中
キムチ風サラダ?は種類が豊富
トマトキャベツ、人参やカリフラワー、瓜やナス、澱粉麺もある
油いっぱいに唐辛子少し+スパイスサラダ風
19世紀後半、飢饉や政治状況で多くの朝鮮人が、
ウラジオストック周辺に移住したが、1937年スターリンの政策により、
17万人の朝鮮系住民が、中央アジアへ、貨物列車で強制移住させられた
彼らは 高麗人(コリョサラム)と呼ばれている
でも売り子たちは、朝鮮系顔立ちの人は、ほとんどいない
タカキビのホウキ売り場の奥には、量り売りの噛みタバコ(ナスワル)屋
乾燥したタバコの葉に、石灰と植物灰、油や水を混ぜる
手前;ナンに模様をつけるもの、ネズミ取り器
中;ナンの伸ばし棒
アイダール湖やゼラフジャン湖で獲れたニジマス、パイクパーチやコイを
塩漬けのち燻製にしたもので、小さめのを一匹購入
ビールのつまみや、ナン、胡瓜の和物、おかゆに。
ここにも、たくさんの鳥籠
今宿は、2階を増設中。あっという間にレンガを積んでいく
彼らの水分補給は、緑茶をグングンと。
ある日の朝食は、ビルマからアメリカに移住し、今回はトレッキングばかりしている女性と。
キルギスタン南部オシュ北部の3500mの山は、もう初雪だって! 8月20日ごろ。
ブハラータシケントの列車チケットの予約は、ネットだとカードが3回はじかれたが、
列車駅の機械ですると、簡単に切符を購入できた
それらを助けてくれたのは、同宿のアルメニアの大学でレスリングを教えている男性
ファン山脈6泊のトレッキングから帰ってきたばかり
今日のランチ、白米、ビーツサラダと燻製マス、市場のキムチ風サラダなど
本当に簡単なものしか作らないけど、これで充分
3週間目位からお腹が緩くなり、ずっと続き、帰国半月前からやっと平常に。。
午後は、郊外のオハリク渓谷へ
村人の水汲み場
タジキスタンからの川の支流
村人の交流センターのようなお茶どころ
石灰岩の岩山を登ると。。
右は墓地
反対側から8月の紅い満月が登る
夕方には牛舎へ戻るのね
左下;牧童(シェパード)が羊の群れを待つ
地元のライブのあるレストランへ
ルーマニア人グループが踊るよ、踊る
手招きされ、私も。。
紙で包んだこんなアイスを、時々おやつに。。