2026年2月20日金曜日

ビエンチャン散歩後、ルンパバーンへ


着いたビエンチャン(ラオス)は、大晦日、明日は春節(月暦の正月)
獅子舞が路地を練り歩く、年越しは花火の音


夜のみのおかず横丁(テーブルはない。。)で
謎のヤム(和物)を。
好きなものをボールに選び、重さで代金を払う
右奥で和えて出来上がり


千切り豆腐、海藻、透明麺、キノコに野菜などを混ぜ、
激辛ソース(香菜や胡麻、落花生、ライム入り)で和えて、できあがり


ラオスの炭火焼きあれこれ、
肉各種、卵、川魚各種、カエルとか。。なんでも来い


ビアラオダーク小瓶とゆで落花生、エッグタルトも。
ビエンチャン初日の夜、宿の部屋で。


ラオス国営書店
品揃えは、昔とあまり変化ないかも。

人口600万人のラオスで、100万近くがタイに出稼ぎに。
多くのものを輸入している内陸国のラオスの物価高はすざまじく、
庶民は、どうしているのだろう。。

40年くらい前までは、50年前のタイとも言われていた。
30年くらい前までは、東南アジアの首都で、
唯一自転車でも出かけれたビエンチャンだったけど。。。



あちこちに電線(盗線も?)アート


これまた街中に、
ソビエトの国旗にも似た共産主義のマークと、国旗が掲げられている


都市や街には、農村女性グループを支援している店がたくさんある
このTaibaanもその一つ

これは、第2次インドシナ戦争時(1964−1973)に
米軍がラオスに空爆他で落とした地雷の数は、人口当たり世界一。
9年間8分に一度、それらが投下され続けていたのだ。

ラオス中、特に北部に今もたくさんある不発弾。
その掘り起こした不発弾から村人が作ったもの
私たち旅行者が歩けるのは、それらを処理した地域だけ
現在も畑や荒野にたくさん残っており、現在も被害者(子供が多い)が絶えない

この指輪を、一つ薬指に入れた



上記の不発弾処理をしているMAGの訪問センター



MAGが活動している国々の一部
アンゴラ、イラク、ミャンマー、レバノン


南スーダン、ボスニアとヘルツェゴビナ、マリ、ベトナム
地雷を埋めたり撒くのは一瞬、撤去は100年以上かかる
ここラオスは、戦後50年以上経っても、10%も不発弾処理はできてない


世界の地雷地図
ここ以外にも、ビエンチャン、シェンクワーンにもあるので、
ぜひ足を止めてほしい


アロマが素敵な店に、ムクロジシャンプーあり
京都では、近くの公園で集めたムクロジで、洗濯も台所もこれだけよ


その2階では、ラオスとカンボジアに無料の子供病院を作ったNY在住カメラマン
瀬戸さんのチャリティ写真展



右端の言葉にも注目!



限りなくつまらないモールになってしまったタラートサオ(朝市場)
近くのクワディン市場に、おさが並んでいる!(織物の横糸を通すもの)


それらを使って織られた美しい織物たち
正装、普段使いの巻きスカート(シン)

細かな刺繍ではなく、皆浮き織りや綴織などを組み合わせて、
自然や民族信仰、地域をモチーフにしたものが多い


タラートサオ近くの路上に並ぶ薬草売り
木の実、薬草や樹皮、動物の何か、ふうむ。。。


啓蒙の壁アート
左;森を伐採したり、ゴミを川に捨てる人々 右;ゴミを集めたり、植林する人々


ヘリコニア(オウムバナ)


宿の服かけ
バンコクのインド人街で適当なクルタがなく、このシャツを入手


ここは、ドミトリーもあり、皆バックパックで、ハイキングシューズ
ここから北部の山などに行くのだろう


これから噂の中国列車に乗り、北部の古都ルアンパバーンに
たった2時間、特急で3500円ほど、満席!

入場のための検査の行列、さらに飛行機より厳しい持ち物検査! 
切符は、皆電子切符のようで、8割は、中国人ツアーに見える。。
念願の列車開通、でも一体どれだけ中国への負債を抱えて、作ったのだろう。。



飛行機では、いつも預け荷物に入れているセラミックの小型果物ナイフが没収される!
水や充電器、小さなハサミはOK、ご注意!



ここもあこも中国、時刻表の表示は、ラオス語、英語、中国語、
中国は、中央アジアにも力(影響)を入れている。。


そうだ、これに乗って昆明(中国、雲南省)までいけるのだ。
その昔、ラオス北部から中国国境越えは、ちょっとして冒険くらいだったけど。。