2026年3月1日日曜日

ノンキアオ(2)マンダ地雷博物館、朝市


ナーヤンタイ村、インディゴ色素もあり、薬にもなるという ホムゲェーオ
(情報募集中)


ここからノンキアオ、村外れの地雷博物館





空爆中に使っていただろう食器


米軍が投下したクラスター爆弾の穴
一つの親爆弾から、数百個の小爆弾を広範囲にばら撒く、多くが不発弾
2010年にクラスター爆弾の禁止条約が発効
しかし、現在もロシアとウクライナ、ミャンマー、シリアなどで使用している

ラオスは世界最大の不発弾の多い国

ベトナム戦争中(1964−73年)に米軍が、ホーチミンルートを破壊するため、
58万回以上の空爆と、200万トン以上の爆弾を投下、
約8000万個のクラスター爆弾が不発弾として残り、
50年経った今も、10%も撤去できてない。。

戦後も、不発弾のため5万人が死傷した
被害者の多くは、農作業中やオモチャと思った子供たち


この近所の家々の屋根は、トタン屋根


同じ敷地内のマンダ洞穴へ、竹床の橋を越えて


1968−69年、空爆を避け、ここに200人近くの村人が避難していた(Refuge Cave)


いつ終わるともわからぬ空爆の中、ここで毎日過ごしていたのだ。。



一番手軽というソムナン、ビューポイントへ
それでも、こんな土や石段が延々30分続く。。




あちこちに家庭菜園


宿の建設ラッシュだけど、共倒れにならないのかなあ。。
鉄筋の代わりに、仮の竹の支柱


ここにも精霊(ピー)が。。


昨日、大きな土曜朝市は行きそびれ、日曜の朝
まだ暗い6;00から9時前まで

いろんな森の小動物が。。


コブ草、タイパクチー?やミント、野草が山盛り


ゆでモチトウモロコシ、豆乳、炒め麺を購入


種は中国から F1だろうなあ。。
右;蒸した餅米入れ


市場へ運ぶには。。


ここは中国。。?


長い棒に紐がついていいて、それで大きなコマを回す
相手のコマを倒したら勝ち?


先述の戦争博物館、2階は民具の展示
一階の壁も入り口も、爆弾で作っている!


 

ナーヤンタイ村(4)バーシーの儀式、ノンキヤオへ(1)


タケノコとご飯に混ぜる花(パックソイ)



織物の村、ナーヤーンタイ村へようこそ、J ICAの支援も。


出発前夜バーシーの儀式
両手を供物台の上に置き、皆同時にお祈りの言葉を唱える

人々の幸福や健康、旅立ちを祈り、精霊(32の魂)を呼び戻す伝統的儀式


手首に白い手紡ぎ糸(サーイシン)を巻き、祈りの言葉を捧げる


料理は皆七輪で。夕飯は野草をゆでる



これは、小さな魚取り籠(小エビ用?)


舗装した道まで数キロ、お父さんに送ってもらう


着いたノンキアオ
ナムウー川沿いの道をコンクリートにすべく、
一番奥の道具が、パタパタとコンクリートを叩く

橋の前後500mくらいは、ツアー会社(村歩き、森や洞窟のトレッキング、日の出のテント泊)
チケット販売(乗り合いバンや舟、列車)、カフェやレストランが並び、
すごい旅行者通りになっている

北タイにいた頃、(いつか北ラオスを小舟で回ってみたい)と思っていたけれど、
そのうち、中国資本のダムがあちこちにでき、
ビエンチャンから中国国境まで、列車が開通し、
もはや舟は、一ヶ所だけになってしまった(ノンキアオームアンゴーイ)。。


家庭菜園
パクチーやネギ、ミントなど


小学校の守護樹、それは大きなバンヤン
ここでも子供たちは、袋菓子を食べながら、携帯画面をずっと見ている


ノンキアオ周辺地図