北ボルネオへ (3)
コタキナバル中央市場のスパイス屋
ぶら下がっているのが、餅麹(水に漬けた穀物をつぶして団子にし、空気中の麹菌を付ける)
その隣になんと紅米 (キノコの菌を付けた紅麹と思われる!)
少数民族は、これでドブロク(Rice Wine)や焼酎を作る
(そういえば、餅麹は北タイの市場でも見かけたなあ)
もちろん買って帰りましたよ
6月、コタキナバルで各民族の作った地酒祭り開催!
これが今回一番おいしかった Kazadandsun の発酵ご飯
油はほとんど使っておらず(普通は油ご飯)、野草や木の葉が多い
(左上) 生魚を、炊いた米に漬けて2週間おいたソン・ソム 味噌味風
以下、サバフェスタ(収穫祭)にて
Bajo の人々、幾何学模様は北タイのモン人と同じ!
(左) ゴン、 (後方) 金属の木琴風
このようにして精霊信仰の動物や植物が編みこまれていく
見えないが、女性の服の文様は、ラオスの綴れ織ととても共通している
最後に・・
深い森と河、青い海のボルネオのイメージは、どこまでも続く油ヤシのプランテーションでもあった
ボルネオは、1970年代には90%近くが熱帯雨林だったが、現在は50%近くまでになっている
旅行者は、そのすき間の森林保護区・林をめがけているようにも見える
寸断された森では、オランウータンやボルネオソウなどは移動できず、生きることができない
大規模プランテーションで働くのは、権利が制限されたインドネシアやフィリピンの出稼ぎが多い
また土地・森をめぐる紛争も絶えず、単一栽培で土壌は劣化していく
60~70年代に東南アジアで森林を伐採しまくった日本は、
植物油の中で生産量世界一のパーム油を、日本人平均4kg使っているのをご存じ?
写真は、クアラルンプールに入る前 (全部油やし!、マレーシア半島もすごい!)
北ボルネオへ (1)
東マレーシア、ボルネオ島北部のサバ州へ。
州都コタキナバルのサバ州博物館敷地にある各地の伝統的家屋
Murut の30mもあるロングハウス
片側に小部屋が並ぶ
ボルネオで一番大きなキナバタンガン河沿いのスカウ村(東部・サンダカンから100km位)へ
調査者のミンチョウと、泥色の河を下る
遠くに、オランウータンが今晩の寝床を作っている音
高い木のてっぺんに残された彼らの寝床 (毎日違う場所に寝床を作っているらしい・・)
河面に浮かぶ小エビを採る竹かごの目印、テングザルの群れ、サイ鳥
サバ州では、昔から山と海の民が工芸品や食べ物の交換するために市(タムー)を開いてきた
これはスカウ村の木曜市、
野菜、テンペと豆腐を買って高床の宿へ
ボルネオ島北部のクダートから船に乗って、バンギー島へ
港近くの漁師の水上家屋、生活排水もトイレもすべてそのまま海へ
左の道の先の宿に滞在、こうして道の両側にどんどん家が建っていく
毎日市場で買ったバナナとマンゴー、野菜サラダにライムと塩をかけて朝食に